私とカートゥーンと鈴と。: 監督 ドン・ブルースについて Don Bluth

監督 ドン・ブルースについて Don Bluth

監督 ドン・ブルースについて Don Bluth

 よく、ディズニー作品だと勘違いされる(まあ、海外アニメ=ディズニーと思う方が殆どだろうけど)アニメの監督の一人に、ドン・ブルースという方がいる。

 今回は彼について書こうと思う。

 1937年に7人兄弟の一人として産まれた彼は6歳の頃から絵心があり、アニメーション映画で観たような生命感を絵に吹き込むことは夢であった。その後家族は、カリフォルニア州サンタ・モニカに引越した。高校卒業後、20歳の時にディズニーに就職する。る。彼の最初の仕事は眠れる森の美女の動画担当だった。しかし、3年と経たない内に彼は会社を退職した。ただ、完全に雇用関係が無くなった訳ではなく、大学や教会に通いながら時々ディズニー映画の製作の手伝いをしていた。
 

 プリガム・ヤング大学で学位を取得した後、1967年にFilmation(HEMANで有名)に就職する。『アーチー』『幽霊城のドボチョン一家』などの作品に関わった後、数年で退社。その後、1971年に『くまのプーさん』『ロビンフッド』の製作に本格的に加わるため、正式にディズニーに再就職する。ナイン・オールド・メンが徐々に引退していく中で、彼は中核アニメーターとして才能を伸ばしていきながら、ディズニー流のアニメの哲学を覚えていった。
   

ところが、1978年の『ビアンカの大冒険』で作画監督を務めた後、勧善懲悪で子供にしか媚を売らないような作品ばかりを作ることに嫌気が差し、同僚のゲリー・ゴールドマンやジョン・ポメロイら合計9人と共に会社を退職する。

 1979年、42歳だった彼は、その9人を中心に自身の制作会社【ドン・ブルースプロダクション】を設立。ディズニーにはできない作品を作ろうと意気込み、最初の長編作品『ニムの秘密』(1982)を完成させる。E.Tの公開時期と重なったものの、興行成績や批評家の反応も上々で、ディズニー以外のアニメ作品としては大成功と言えるものだった。




↓ドラゴンズレアのプレイ画面 

また、1983年と1984年にはアニメの状況に応じてボタンを押すというLD(レーザーディスク)ゲームのシステムを開発し、『ドラゴンズレア』『スペースエース』という作品を製作した。8ビットのパックマンやドンキーコングを動かすので精一杯だった当時、それは画期的だった。滑らかに動くアニメーションを楽しめるゲームが評判になり、ドラゴンズレアの方は初期のアーケードの傑作としてワシントンDCのスミソニアン博物館に展示された。尚、LDゲーム自体は一定の人気を博すものの、アメリカ以外では数年で衰退した。
 その後、経営状態が悪化し1985年に【ドン・ブルースプロダクション】は閉鎖され、【サリバン・ブルースプロダクション】として再出発する。

 
1986年にプロデューサーのスティーブン・スピルバーグと提携し、『アメリカ物語』、88年に『リトルフット 謎の恐竜大陸』を公開し、ディズニーアニメに匹敵するほどのヒットを叩き出した。また、当時活発化していたホームビデオ市場でも成功し、会社に安泰をもたらした。しかし、それも長くは続かなかった。『天国から来たわんちゃん』の製作途中で、スピルバーグは上記二作品の権利を取得したまま破棄してしまう。そして、彼は独自にアニメ部門を設立する。

 そして、1989年に公開された『天国から来たわんちゃん』は、興行成績では『リトル・マーメイド』にボロ負けしたものの、ビデオセールスでは成功した。しかし、その後の彼の作品は評判も興行成績も悪くなる一方だった。『子猫になった少年』(1992)、『おやゆび娘サンベリーナ』(1994)、『セントラルパークの妖精』(1994)、『ペンギン物語 きらきら石のゆくえ』(1995)。※どの作品も子供騙し感が半端ないです。

 1995年、20世紀フォックスのアニメ部門が設立する際に声をかけられ、『アナスタシア』(1997)を製作する。この作品はディズニーに負けず劣らずのミュージカルアニメとして、好成績を叩き出した。批評家からもディズニーの基本要素全てを兼ね備えた作品として高評価だった。しかし、その次に製作した『タイタンAE』(2000)は制作費が回収出来ないほど、興行成績が壊滅的だった。

 
その後、彼は大手スタジオの製作に関わることはなく、ゲームや音楽用のアニメや短編作品を作り続けていき、今に至る。


 彼は個人的に衰え方という点で宮﨑駿と似ていると思う。年をとるごとに手腕が衰えてていく姿はまさにそう。彼の80年代と90年代とじゃ作品に対する意気込みがあまりに違うし。
 また、個々の作品に独自の魅力があるものの、どんな作品も"添え物"の方が記憶に残る作品ばかり作る監督だと感じる。大半の作品はディズニーっぽいものとして、リトル・フットやアメリカ物語は主題歌のみが記憶に残るものの、琴線に触れることは余りなく、子供の頃でなければ"もう一度観たい"とはならなかった。
 実際、私自身『アメリカ物語』も『リトル・フット』も、主題歌とハッピーエンドに至るまでの拷問に等しい登場人物への仕打ちが酷かったことしか覚えていないし。

 チャンスには恵まれるものの、"大"成功を掴めなかった名監督の一人。

余談
 wikipediaのディズニー関連の概要に"ドル箱作品"って書くのやめて欲しいんだよなあ。マウス・オブ・マジックにも、舞台裏のドキュメンタリーにもそんな言葉なかったぞ。あっても、格好つけてるだけで説得力が薄いし。

 2017年現在、彼はドラゴンズ・レアを劇場用長編アニメーションとして製作中。indiegogoというクラウドファンディングサイトで資金調達を図っているので、ファンの方は投資してみるのも良いかも。
Dragon's Lair THE MOVIE

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