私とカートゥーンと鈴と。: フェリックス・ザ・キャット 魔法の島 Felix the Cat the Movie

フェリックス・ザ・キャット 魔法の島 Felix the Cat the Movie

フェリックス・ザ・キャット 魔法の島 
Felix the Cat : the Movie
1988(米) 2/100(英語版) 30/100(吹替版) 
視覚的にも、内容的にも、肉体的にも辛い。

監督 ティボル・ヘルナディ
製作 ジョゼフ・ブジャールドン・オリオロ、ヤーノッシュ・シェンク、クリスチャン・シュナイダー
脚本 ピート・ブラウン
原作 ドン・オリオロ
音楽 クリストファー・L・ストーン
撮影 ラスズロ・ラドックセイ
制作スタジオ
フィリックス・ザ・キャット・クリエーションズ
ケルン・アニメーション・フィルム
配給 ニューワールド・ピクチャーズ
上映時間 78分
製作国 アメリカ合衆国、ドイツ、ハンガリー


※VHSでは『フィリックスの大冒険』や、『フィリックス・ザ・キャット ザ・ムービー』となっていますが、邦題は劇場公開時のもので統一。

 オットー・メスマー氏が考案したアニメキャラクター、フィリックス・ザ・キャット。甲高い笑い声と猫背に倒れ込んで物思いに耽る姿がトレードマークの黒猫はアニメーションの黎明期に登場し、世代を問わず幅広い世代に愛されてきた。彼の死後、一度存在自体が危ぶまれたこともあったが、設定や作風を数回変えることでそれを回避してきた。

 そして、80年代の最中。古典的アイコンとして認知された頃に、彼にある映画の出演依頼が。話を聞くと、今や過去の栄光となったカートゥーンキャラが一堂に会する作品だという。本来であれば、喜んで引き受けることも出来たであろう。しかし、彼は既に主演映画の撮影で大忙しで、そんな暇はどこにもなかったのだ。 後に彼は後悔することになるだろう。「なぜ、あの時『ロジャー・ラビット』に力を貸さなかったのか。(1)」と。

 今回は、そんな彼が主演の劇場用長編アニメ。

(1) 額縁やトゥーンタウンの入り口のトンネルの壁画として登場するものの、アニメキャラとしての登場は一切ない。

予告編


あらすじ

  •  武器の放棄により、平和を維持していた美しき国、オリアナ。ところがジル公爵の謀反により軍隊がオリアナ国を制圧してしまう。そんな中、国の当主兼女王のオリアナ姫は国民に救いを求めずに一人で戦うことを決意する。しかし、彼女の努力も虚しくジルの軍隊に拘束されてしまう。そんな中、彼女の流した涙が王国の地下にある時限装置を作動させたのだった。この状況を救えるただ一人の猫、フェリックスを呼ぶために.....
 本作のフィリックス・ザ・キャットは黎明期の無声時代のものでなく、60年代から活躍しているTVシリーズの設定を踏襲しているため、必然的に子供向けとなる。それは仕方のないのだけれど、なぜこうなったのだろう。

 80年代後半から90年代前半のアメリカ合衆国出身の国民的キャラクターは、何かと待遇が杜撰だった。大衆の要望に応える形で、ミッキーマウスやドナルドダックが主演の映画を配給したディズニーさえも。一見古典的なキャラクターに活躍の場を与えるいい兆候だが、実際には当時危機的状況だったアニメーション部門のカンフル剤に過ぎなかった。仮に『リトル・マーメイド』や『オリバーニューヨーク子猫物語』が興行的に失敗していたら、その動きは加速していただろう。

 そのディズニーの動きに注目していた権利会社はこぞって、過去の名作をリブートさせようと必死になった。本作はそんな目先の利益に駆られて製作されたフィリックス・ザ・キャット史上最大の黒歴史である。

 制作スタジオの欄にはフィリックス・ザ・キャットクリエーションズと明記されているものの、あくまで権利を管理しているだけで本格的な製作には関与していない。つまり実質的には"フィリックスの猫皮を被ったハンガリー映画"である。配給元のニューワールド・ピクチャーズは低予算向けの映画を積極的に配給する企業で、決して悪徳業者ではない。単純に、アニメの歴史の黎明期を飾るキャラクターにはふさわしくない。また、ジョー・オリオロの息子であるドン・オリオロが製作に記載されているものの、彼は一切製作には関われなかった。

一応補足すると、ハンガリーは東欧諸国の中では比較的豊かなアニメ文化が存在する。中には『サン・オブ・ホワイトメア』 "Fehérlófia"(1981)①という素晴らしいアニメーションも存在するが、今回の場合は西ドイツのアニメスタジオが動画部分をハンガリーに依頼しただけで、革新性も創造性も期待できない代物になってしまっている。


発色具合は見るに堪えない酷さ。
デザインとしては後の"Twisted Tales of Felix the Cat"(邦題 フィリックス)と、ひたすら笑顔を見せびらかすのが印象的な60年代のフィリックスの中間を連想させる。しかし、フィリックスには必要不可欠な独創性も、TVアニメにあった明確な起承転結もない。主人公に待ち受ける数々の脅威も、ラスボスとなるジル侯爵以外は曖昧で無意味な存在と化している。



 敵にも味方にもなる脇役、豆博士(ポインデクスター)と大博士(プロフェッサー)は本作でもどっちつかずだ。普段とは違う目的・違う敵を設定付けているのにもかかわらず、中途半端に"魔法のカバン"を奪う素振りをみせる。その上、科学者キャラのくせに数秒の会話でカバンを諦めるんだから、意味が判らない。(というか、劇場版なら豆博士はフィリックスの味方側にいるべきだろ...) 



 突飛押しもない出来事が視聴者の理解が追いつく前に展開していくため、物語に惹かれることはまずない。フィリックスが旅するオリアナ国の女王が流す涙や、収監された女王が球体の中で踊るシーンなど一応見せ場らしい見せ場はある。しかし、それらが見栄えすることなく、ただただ無意味な映像が続いていく。また、明らかに子供をターゲットに定めているはずなのに、それに似つかわしくない下品で性的なネタが多い。突如登場したキツネの親子がフィリックスにカバンにおしっこを垂らす・乳房を見せつけて誘惑する②といった出来事は、不必要な上に気味が悪い。



※女王の涙のシーン 5:20辺りから6:00まで
(収監後に悲しそうな姿を見せつつ涙を流していればまだ感情に訴えるものがあったのに、真顔とも認識できる表情から突然水滴らしきものが動き出しても、意味不明なだけ。)

 冒頭の3Dモデリングはアメリカ国内。本編の作画担当はハンガリー、ドイツに外注。口パクが全く合わないことに目を瞑るとしても、色彩設定とキャラクターたちが酷すぎる。ポリゴンショックでもないのにてんかん発作を引き起こしそうなほど色はどギツい。キャラクターの動きも顔も不安定で不気味。

 ※日本語版では色調補正により目のダメージは軽減されています。

 そして、吹替版と原語版の演技の差があまりに激しい。吹替版では堀絢子・土井美加・千葉繁等の面子による声のお陰で、無難なアニメに仕上っている。そして、上記に記載した作品の"粗"を全て覆い隠すことに成功している。 それに対し、原語版はとにかくやかましい。ワザとらしいアニメ声と大量の台詞によって、雰囲気という雰囲気は全て掻き消されている。

 余談
 パッケージデザインが2種類存在する本作。販売元が同じポニーキャニオンでかつ、字幕版が存在しないのになぜ2種類あるのだろう?
 
2,30年代の短編の偉大さを教えてくれる一作。

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