私とカートゥーンと鈴と。: 恐竜大行進 We're Back! a Dinosaur's story

恐竜大行進 We're Back! a Dinosaur's story

恐竜大行進 We're Back! a Dinosaur's story 1993 (米)
スピルバーグの罪滅ぼし。 35/100
 90年代前半はアメリカを中心に恐竜がブームだった。『バーニー&フレンズ』『恐竜家族』、『REX恐竜物語』、『Coo/遠い海から来たクー』、『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』と... 数え上げたらキリがない。

 スティーブン・スピルバーグもその大流行に便乗し、2つの映画を制作した。そのうちの一つが『ジュラシック・パーク』だ。現代に蘇らせた恐竜達を収監したテーマパークで巻き起こる冒険活劇は、世界中で爆発的なブームとなった。しかし、単なるカッコいい恐竜が観れる映画として鑑賞に赴いた一部の親子連れから、苦情が殺到したという。PG指定を甘く見て連れた親にも責任があるのだが、監督であるS・スピルバーグはこれを受け止め深く反省したという。

 今回は、そんな『ジュラシック・パーク』を見た少年少女たちへの贖罪的作品(※)。

(※なお、本作の制作は1989年から開始されており、ジュラシックパークとの直接的関係は皆無である。)

予告編


 原作はハドソン・タルボット氏の同名小説。(邦訳無) 製作はスピルバーグ自身が設立したアンブリンのアニメ部門・アンブリメーションアンブリメーションというのは、スピルバーグ氏がアニメ映画を製作するために設立したスタジオ。現在は解散しているものの、従業員の大半は『シュレック』や『カンフー・パンダ』で有名なドリームワークスに移籍している。


 気の向くままに時間旅行をする天才博士。彼の望みは世界中の子供達を幸せにすること。そんな彼は、親の愛が不足した子供に目をつける。そしてその少年は、本物の恐竜に出会うことを願っていたのだった...


 "夢を与える恐竜"という掴みは完璧。知性をもった草食・肉食達がどう子供に関わるのかに期待できるからだ。実際、子供と恐竜が出会う前までは興味が湧くし、野生の状態から漫画調に変化するシーンや悪役によって子供達が退化させられるシーンなど印象的で見ているだけで楽しい。

 劇中に登場する巨大な風船や、味方側の博士が乗る宇宙船などに効果的にCGが使用されており、懐かしさを感じるほど古臭くないのもいい。




 ただ、それ以降の展開は微妙で、動機づけが有耶無耶で混乱することが多い。

 例えば、本作に登場する博士は、"人目に触れず"誰も踏まないように忠告する。しかし、恐竜は出会って間も無く、場外パレードに紛れ込むのである。巨大な体をうまく隠す作戦ならまだ道理がいくが、そこで歌い出すとなると訳が分からない。
 更に、それを見た子供が本物の恐竜だと一言発するだけで、人間たちが混乱に陥るのだ。空想の世界のような何かしらの制約があれば納得がいくものの、"現実"世界を持ち出しているのなら常識は反映させてほしい。



 また、本作の悪役はいかにもな風貌なだけで、怖いかと言われると全く怖くない。しかし彼の制裁は、違う映画を見たのではないかと錯覚するほど異彩を放っている。場面単体で見ると、『ガーディアンズ 伝説の勇者たち』のブギーマンのように闇へと消えていく姿は芸術的で印象深い。が、"なぜ"そうなったのかの説明が一切ないので混乱するだけである。しかも、主人公側が直接下した制裁ではなく、突然襲いかかるカラス達によって消滅していくのでなお謎である。悪役の生命維持に必須の成分が切れただとか、神の怒りを触れたのだといった、説明かそれを示唆するものが欲しくなる。

 また、登場人物を演じる俳優たちは全体的には普通なのだが、どうしても本作の少女セシリアの声には戸惑ってしまう。彼女を演じるナンシー・カートライト『ザ・シンプソンズ』に登場するリサ・シンプソンの印象が強く、誤解を招くからだ。

 そして、恐竜たちは肉体的特徴や声色が異なるだけで、全員が退屈である。そのせいで、本来憎むべき存在の悪役の方に観客は目移りするのだ。なんといっても、善人側であるはずの博士のほうが、マッドサイエンティストに見えてくるのだから相当なものだ。


  ジュラシックパークの熱が冷めてない1993年の11月に公開された本作は、まさに最高のタイミングで上映されたと言えよう。しかし、残念なことに観客や批評家からは不評で最終的には興行的大爆死を迎えることとなった。 結局、本作は90年代のディズニー以外の長編アニメーションでは典型的な"作画"と"声優"だけは異常に豪華 なだけに過ぎなかった。 

⬅北米版Bluray 日本語吹替えあり。 ➡国内版VHS
 

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