私とカートゥーンと鈴と。: ロッキー・アンド・ブルウィンクル Rocky and Bullwinkle

ロッキー・アンド・ブルウィンクル Rocky and Bullwinkle

ロッキー・アンド・ブルウィンクル
Rocky and Bullwinkle
2000 (米)(PG) 30/100
 先日、レンタルビデオ店に足を運んだら、閉店のためVHSのジャンク品を無料同然の価格で配布していた。人気作品が収納棚から姿を消す中、一向に手に取られない映画があった。そのVHSに描かれていたのは、『ゴッドファーザー』のコルリオーネ役で有名な名優ロバート・デ・ニーロに、『リーサルウエポン3・4』のローナ役のレネ・ルッソ。そして『となりのサインフェルド』のジョージ役で『ダックマン』ジェイソン・アレクサンダーだった。私は一瞬、仮装コントがメインのコメディ映画なのかと疑った。しかし、『ロッキーアンドブルウィンクル』という題名と、その片隅でひょっこりと顔を出す動物コンビを見て、私は悟った。「少なくとも、ネタ映画ではあるな。」と。

 ※私は勿論、買いませんでした。

 今回は、そんな何を"推し"たいのかが最後まで読み取れなかった映画。

そもそもロッキー&ブルウィンクルとは?


 アメリカ国内で人気を得たTVアニメは『原始家族フリントストーン』、『クマゴロー』等の多数ハンナ・バーベラ作品占めている。それらを除外した場合、本作は60年代のテレビアニメの中では間違いなく一番人気だったといえる。高速で空を飛ぶツッコミ役のリスとお喋りで大柄なボケ役のヘラジカのコンビが活躍するこのアニメは全米で大ヒットした。


 キャラクターの動きはお世辞にもいいとは言えず、当時の30分枠のテレビアニメでも最底辺の出来だが、アレックス・アンダーソン氏が手掛けた親しみやすいキャラクターデザインと、当時の社会背景が読み取れる風刺描写に数々の駄洒落がその弱点を解消しており、結果的に老若男女に受けたのだった。アメリカでの本作の立ち位置はいわば、日本で言うところの『ひょっこりひょうたん島』に近いといえる。

 なお、英語圏でない海外の国ではあまり人気がなく、すぐに打ち切られている。日本でも本作は『空飛ぶロッキー君』の題で放映されていた。しかし、脚本の力で大衆を引き寄せていた本作の強みは吹き替えのセリフで相殺され、全く売れなかったという。テレビ局の再放送やネット上に吹き替えの音源が無いので、内容の検証はできない。しかし、年配者から聞くと「キャラクターが全然動かないし、とにかく退屈で、開始数分でチャンネルを回していた。」という類の意見が多かったので、やはりアメリカ人好みな作品だったのだろう。

予告編(実写)


あらすじ

  •  60年代の人気番組『ロッキーアンドブルウィンクル』終了後、その主役たちは行き場を失い失業中。そんなある日、彼らの宿敵フィアレスリーダー、ボリス、ナターシャの3人組は世界制覇の目論みを実現すべく、現実世界に飛び出した。彼らの計画は映画スタジオやケーブル局を買い占め催眠放送でアメリカ国民を洗脳することだった。果たして、ロッキーとブルウィンクルはこの危機を救えるのか?
パケ絵の隅で主役が顔出す時点でこの映画はもうアウト。

 ここ最近のアメコミ映画の影響で、ハリウッドが漫画やアニメの実写化に手慣れた印象を受けるが、それは大間違い。あれはマーベル・スタジオにのみ該当する特殊なケースで、人間でないキャラクターを題材にして失敗するのは万国共通だ。実写映画でのロッキーとブルウィンクルはトゥーンレンダリングのような形態で登場する。本作の製作時期を考えるとこの判断は妥当だ。リアルな動物は描けないし、平面的なキャラクターによって違和感が生まれる事態を上手く回避している。

 本作でのアニメの世界とはいわば、【ブラウン管の中】である主役たちも悪党たちも昔懐かしの姿で登場し、従来通りの行動をする。悪党どもはブラウン管から現実社会へ引き摺り出される。そこでセルアニメから生身の俳優へと姿を変える。ロッキーとブルウィンクルもやり方がややテキトーになっているが、その形式は崩されていない。




 アメリカのテレビアニメのお決まりの一つに、【偶然が重なり万事解決】というものがある。目的を達するための行動が空回りするものの、接点のない行動が問題解決への糸口になるというものだ。ドタバタを得意とするカートゥーンでやるには許せるものの、それを実写映画でやるとひどく退屈な作品となる。例えば、本作では会話の途中に動物の単語が出た後、沈黙と共にその動物を登場する。この場面を観るだけであまりのジョークセンスの無さに寒気がする。

 漫画原作の実写映画は大抵、人間側が原因で作品の質を落とすことが多いが、本作は珍しく逆転の現象が起こっている。漫画出身の人間キャラは驚くほどの熱演を見せつけてくる。逆に、動物キャラの主人公達の身振り手振りは終始行き当たりばったりだ。そして、それに釘をさすかの如く埋め合わせにナレーションを投入してくる。『ちびまる子ちゃん』のキートン山田のように、さりげなく話のオチを強調させるなら大歓迎だ。しかし本作の場合、ツッコミ役と解説の両方を頻繁に補ってくるので、かなり腹立たしい。彼らの持ち味を当時のまま再現するのは構わないが、ジョークセンスまで60年代と同じじゃあ、現代向けに映画化する意味が全く無いでしょ。

 アニメキャラに映像技術、俳優の演技ともに抜け目はなかったものの、乱雑な構成で全てが台無しになった一作。

本編一部

⬇日本語字幕付き

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