私とカートゥーンと鈴と。: ※このトマトは人を喰いません。Attack of the killer tomatoes!

※このトマトは人を喰いません。Attack of the killer tomatoes!

Attack of the Killer Tomatoes! アタック・オブ・ザ・キラー・トマト!
1990-1991 ("G") 55/100

原作 ジョン・デ・ベロ(キャラクターデザイン)
   J.ステファン・ピース
   コスタ・ディロン
企画 リチャードミューラー
脚本 リチャードミューラー
   ジャック・エンヤート
   テッド・ペダーセン
監督 カレン・ピーターソン
作曲家 サバンハイム
    シュキ・レヴィ
    ジョン・ベロ

 日本のアニメのメディアミックスでは大抵、ネット配信やテレビ放映が先で劇場公開はその後に実現する事が多い。長年に渡り放映された『ドラえもん』や『アンパンマン』でも、一定期間で終了する少年漫画『ナルト』『ワンピース』『ドラゴンボール』でも基本的には劇場に初登場することはまずない。逆にアメリカや欧州では、劇場公開されたアニメ映画でテレビ出身の作品は90年代に突入するまで殆どない。時代を通して見ても、せいぜいテレビアニメの再編集版(『クマゴロー 恋の大作戦』、"The man called flntstone"等)が数本存在するだけだ。映画の市場規模がテレビの視聴者を越えた状態が、半世紀以上に渡って続いていたからだろう。

"迫真の演技"が光るトマトの襲撃シーン
時は1978年、今もなお世界中で愛されているカルト映画が公開された。その名も『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』(以下AOTKT)。科学実験によって創造された知的なトマト軍団がアメリカの市街地で人間を襲うという、単純明快な映画だ。 隠す気のないチープ過ぎる映像に、喰い殺すのに必要不可欠な口や牙がトマト達についてなかったり、徹頭徹尾意味不明な作品ではあるものの、その駄目過ぎる部分が逆に愛おしく感じられる最高のZ級映画だった。

 今回は、お子様お断りなはずのカルト映画原作のテレビアニメの紹介。

 映像産業の発展が著しい米国では、映画・ドラマのメディアミックスや再上映・家庭用ビデオの発売と絡めてテレビアニメを製作することは珍しくない。80年代後半から90年代にかけてその動きが最盛期を迎えていた。『ビートルジュース』、『ロボコップ』、『バットマン』、『ゴーストバスターズ』、『マスク』など数え上げたらキリがない。原作映画の年齢指定を考慮すれば、放映不可能なはずのロボコップでさえアニメになれるのは、流石アメリカと言うべきか。

 今回のテレビアニメの原作を鑑賞した方であれば、"アレ"を子供向けにするなんて暴挙以外の何物でもないと思うだろう。実際、私もその一人だった。見た目こそ漫画らしいトマト達の所業を全年齢向けに仕切り直すには途方もない努力が必要だったと思われる。何せ本作は、本家の(AOTKM)でなく1988年に公開された続編の『リターン・オブ・ザ・キラー・トマト』の正統続編として企画されたテレビアニメだ。前作と同様に相変わらずの低予算映画ではあるものの、珍妙な設定のお陰で忘れがちなグロ要素が比較的濃い。そのため、ホラー寄りだろうとコメディ寄りだろうと、予算が潤沢な時点で原作とは全くの別物と化すのは真逃れなかったのだ。




 本作の短所は”全年齢向け”だったことに尽きる。低予算の原作とは比較的豪勢な制作現場でなぜ、ここまで淡白なアニメーションにしてしまったのだろう。まず、このトマト達は一言で言うとグレムリンの亜種である。戦車や軍隊に対抗し人類を脅かす脅威として描かれているものの、人を喰い殺すこともなく、人間たちはかつての実写版のような迫真の演技を見せてくれることもない。つまり、彼らの所業は質の悪いいたずら止まりなのだ。トマトを創造する科学者や、悪巧みをするトマト達の姿以外に、興味の湧く要素が無いのが惜しい。題名の"キラートマト"(殺人トマト)は名前だけかよ!

 逆に良かった点はというと、トマト達の活躍とアレンジされた主題歌だ。

オープニング


 オリジナル版の監督が主題歌を務めたこのオープニングは大変中毒性がある。イントロは、軍隊の如く行進する極悪トマト君達の最高の付き添いとして成立している。原作のZ級映画特有の馬鹿馬鹿しさを継承した曲調は、老若男女問わず聴き入ってもおかしくはないだろう。ひたすら彼らの名を繰り返し口遊むだけで、よくぞここまで癖のある曲を作曲したものだ。


また、千差万別の大量のトマト達が、とにかく可愛らしい。短所の項でグレムリンの亜流だと書いたが、それは長所でもある。トマト達の種類は数えきれないほど存在しており、グレムリンと同様に化物の登場を期待させるデザインに改良されている。トマト自体は映画ポスター以外で明確に特徴が解るものが無かった。そのため、これは制限されるものもなく自由に描写できたことによる恩恵だろう。

 人間を襲う気満々なトマト達だが、大ボスのトマト以外は玉砕覚悟で人間に突撃するしかない。しかも、人間や動物から变化したトマト以外の通常のトマト達は、ただ転がることしか能がない。どんなに大群を引き連れていても、彼らにできることは我が身を盾に、そして犠牲にするしかないのだ。それにもかかわらず、


 悪役の博士は万物の根源がトマトに置き換わるまで延々とトマト化実験に没頭し、大量に生産された強面トマト達は自殺行為を繰り返しているのだ。この儚さたるや、実写版のチープさを軽く越える衝撃的なものだった。



 実写版ほどの狂気と中毒性はないものの、変わり種としては中々の秀作。
 

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