私とカートゥーンと鈴と。: 水彩画の異端児は最強最悪のエイリアン。『リロアンドスティッチ』

水彩画の異端児は最強最悪のエイリアン。『リロアンドスティッチ』

リロアンドスティッチ Lilo and Stitch
2002 (米) 80/100
監督 クリス・サンダース
   ディーン・デュボア
脚本 クリス・サンダース
   ディーン・デュボア
製作 クラーク・スペンサー
音楽 アラン・シルヴェストリ
編集 ダレン・ホルムズ

本編一部


あらすじ

  •  マッド・サイエンティストのジャンバ・ジュキーバは超高性能の生物兵器を生産するものの、宇宙連邦の管理下に置かれた"それ"は逃亡し未知の惑星・地球へとたどり着く。ハワイ人の孤独な少女リロは右も左も分からない状態の彼をペットとして引き取り、スティッチと名づける。リロの姉のナニや周りの人はスティッチの奇妙な風貌に困惑するものの、徐々に打ち解けていき...
2002年。それは、【CGアニメこそが未来の形であり、手描きはもはや時代遅れ】だと、米国の観客側も経営側も認識し始めた頃。1994年にライオン・キングで頂点に君臨したディズニー・スタジオは、当時はまだ別会社だったピクサーやディズニーへの対抗意識の強かったドリームワークス社に代表されるCGアニメに客足を取られ始めていた。ピクサーとの配給契約を結んだことで経営的には順風満帆ではあったが、1999年の『ターザン』以降は目に見える形でその衰退ぶりが顕著に表れていた。SF好きの青年を狙った『アトランティス 失われた帝国』、脱ミュージカル路線の『ラマになった王様』、高貴な芸術と大衆娯楽が混ざりあった『ファンタジア2000』など、お世辞にも成功したとは言えないものばかりだった。

 そんな時代に、水彩画の手描きアニメーションに挑むのは、正直暴挙以外の何物でもない。近年では、『とてもいじわるなキツネと仲間たち』のように水彩画調のデジタル処理というのも可能だが、当時の技術ではほぼ不可能。そのため、背景画の水彩画は正真正銘の手描きなのだ。そもそも、水滴から滲み出る淡い色彩で形成する水彩画は、アニメーションには適さない。



①クリス・サンダース監督が描いたスケッチ(1985)
チシャ猫に似た不気味なデザインから、
お伽噺として展開しようと試みていたことがが伺える。
元々本作は、オズと魔法使いに登場するドロシーの故郷、カンザスを舞台に構想を練っていた。米国の環境でお伽噺を語るのにカンザスは最適な場所だった。ところが、構想が固まる中でその場所である必要性がなくなってしまう。その対抗策としてハワイのカウアイが提案され、そのまま採用された。
②口さえ開かなければ可愛い

また、本作ではハワイという舞台の雰囲気を醸すために、エルヴィス・プレスリーのネタや音楽を多く採用している。ハワイ州オアフ島にある真珠湾には、1961年にエルヴィスが行った慈善事業によってアリゾナ記念館が建造されている。更に翌年には、エルヴィス・プレスリー主演の映画『ブルー・ハワイ』が公開される。
それは、現代の欧米人が持つ"南国の楽園"というハワイのイメージを決定づけた歴史的なものだった。この為、ハワイを舞台とするなら彼の楽曲は必要不可欠だった。幸いにも、権利を所有するプレスリーの団体に【若者にプレスリーの音楽文化が広まるなら】と快く承諾され、最終的にエルヴィスの資産である『悲しき悪魔』の使用と編曲。彼の衣装の使用や物まね②まで許可された。

 ネイティブハワイアンの姿が全く見えないリゾート開発の盛況ぶりが感じられない自然豊かなハワイ諸島。赤みがかった砂浜や雲、山の中腹あたりに構えたリロとナニの住居、街の中心部など、トロピカルな雰囲気を殺すことなく描かれた水彩画の世界はなんともいえない。観光地化された現実のハワイの闇もうまい具合に有耶無耶にされているいい。なお、

 なお、一般的にはクリス・サンダースとディーン・デュボアの独自案として認識されているものの、個人的に"水彩画"という発想の源には、確実にスタジオジブリの"あの"作品が関わっていると推測する。その映画とは、1999年の公開のジブリ映画『ホーホケキョとなりの山田くん』である。

スタジオジブリとディズニーの提携後に公開された『もののけ姫』③(米国公開1999年)は日本で記録的な興行成績を取り、海外ではヒットこそしなかったものの観客やクリエイターに衝撃を与えた。"自然と人間の対立"というテーマを、13万5千枚のセル画で映し出した圧巻の映像はこの映画の大きな魅力の一つとなっている。
米国公開1999年なら、「ディズニーアニメーターにはこの映画を知る由もないだろ」と思う方もいるだろうが、それは違う。もののけ姫のドキュメンタリービデオ『もののけ姫はこうしてうまれた』での中盤でディズニーとジブリの提携の話題が出てくる(1996年)。そこでは、ディズニースタッフが『もののけ姫』の試作段階の映像を見る機会があったことが伺える。映像を見たアニメーターが『ターザン』④で描かれた細密で大胆で雄大なジャングルの描き方に影響されたのは明らかだろう。
そして、1999年にはジブリ映画『ホーホケキョとなりの山田くん』⑤が公開された。興行的には決して良好と呼べる数字ではなかったものの、活き活きとした水彩画のアニメーションが評価され、ニューヨーク近代美術館の永久展示品として選定された。フルデジタル処理のアニメーション技術は1990年の時点で習得していたものの、全編水彩画のアニメーションはディズニーでも前例のないものだった。提携・契約を結ぶアニメスタジオ(ピクサーとジブリ)には意地でも打ち勝とうと、意気込む姿が想像できるだろう。

 また、『リロアンドスティッチ』は個人的にディズニーが描いた(ピクサーは除く)"家族愛"の中で、一番現実的で共感の湧くものであると感じる。

 近年の『ベイマックス』『チキン・リトル』、『ルイスと未来泥棒』、『ボルト』等の作品では、作品全体のイメージがそのまま家族愛と直結しており、親近感がわかなかった。また、奇々怪々なクリーチャーや先鋭的なテクノロジーで現実離れしたイメージが強かった。『リロアンドスティッチ』でも宇宙人という現実離れした要素には触れるものの、スティッチ以外の"宇宙人"要素はあくまでもアクション・SF映画としての側面が強く、スティッチ自身も異人種のメタファーに捉えることが多かったため、それほど違和感が無かった。

⑥リロを取り押さえた姉さんの腕に
本気で噛みつく乱暴なリロ
人物設定は情け容赦のない暗さ。主人公のリロは母親の愛を知らずに成長した影響で、学校やフラの教室の同級生とは馴染めていない。しかも、藁人形や生物の瓶詰めを貯蔵するほどのオカルトマニアで、お気に入りの音楽はエルヴィス・プレスリーという変わり者だ。その姉さんのナニも、リロと懸命に生きているものの、リロの駄々っ子ぶりには疲れ果てている。しかも、そんな親なしの家庭環境が災いして、彼女らの家には抜き打ちで児童保護局の職員が監査に来るという、ディズニーアニメでも類を見ない荒んだ家庭環境が展開されるのだ。(『ビアンカの大冒険』のペニーだってメデューサとスヌープスの手で養護施設から引き取られたから、あちらの方が酷いって? あれは倫理的には家族じゃねえ。)

 リロは正直言って、ちびまる子ちゃんの数十倍はイラつかせる女の子⑥だ。要求ばかりで自身の短所を改善する努力も見せずに、少しでも気に食わないことがあれば、ベッドの布団に丸まりこんで大声を張り上げる。妹持ちの方なら目を背けたくなるほどリアリティに溢れた彼女の行動には、共感を覚えるのではないだろうか。本作が単独作品でなければ、"可愛い"なんて単語は地球管理担当のプリークリーにしか当てはまらなかっただろう。スティッチだって正直言って"キモキモ"いいだけで、同監督が手掛けたドリームワークス作品『ヒックとドラゴン』に登場するトゥースレスと比較したら明らかに劣化する。

 粗製乱造された続編の多さに目を瞑れば文句なしの一作。

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