私とカートゥーンと鈴と。: フリーカゾイド! Freakazoid!

フリーカゾイド! Freakazoid!

フリーカゾイド! Freakazoid!
(米) 1995-1997  60/100
監督 ブルース・ティム
   ポール・ディーニ
製作 トム・リエッガー
楽曲 リチャードストーン
製作総指揮 スティーブン・スピルバーグ

 "第四の壁を容易く越えるヒーローは誰か"と尋ねたとき、現代のアメコミファンの大半は"デッドプール"と口を揃えて言うだろう。しかし、90年代の米国では少し事情が異なる。少なくとも、TVアニメに釘付けの小中学生なら確実に。アメリカ国内の子供達における土曜日の朝の時間帯は、日本における日曜日の朝に近い。早起きして朝のアニメを観るという慣習は、日本だけでなくテレビの普及率の高い地域(特に欧州・東南/東アジア・アメリカ)では万国共通となっている。となると、子供に的を絞ったアニメを流すことが当たり前となるのだが、それにしては本作の対象年齢は少々合わない。

 スピルバーグ監督はルーニー・テューンズから派生したようなテレビアニメを輩出したものの、視聴者から年々飽和していることに気づいていた。そこで、一旦ルーニー的デザインから離れ、全く新しい作品を構想することとなった。

オープニング

 オープニングの製作は初期のドラえもん映画にも携わった本多敏行氏。懐中電灯を持って自分の顔を照らす瞬間を観察すると、"日本人作画"だと実感させる絵柄だとわかる。なお、本編はここまでキビキビと動きません。

 先取りしすぎたオタク的ユーモアが光る秀作

 S・スピルバーグ監督は、映像に関することならどんな業種にも首を突っ込む映画人。ただ他の人と違うのは、観客と経営陣双方を納得させる才能があること。タイニートゥーンズ、アニマニアックス、ピンキーアンドブレインと続いて製作された本作は、そんなスピルバーグ製作総指揮のテレビアニメの最終形態と断言できるほどの面白さを兼ね備えている。ただし、『フリーカゾイド』のギャグの中心はオタク好みのネタが基本である。ピンキーアンドブレインでも、子供向けアニメにしてはかなり攻めたジョークが活用されることはあったが、『フリーカゾイド』の陰気度は段違いだ。


 屈強な肉体で正義を貫く伝統的な英雄に対して、軽口を叩くお調子者はアンチヒーローと区分される。映画の『マスク』や、『デッドプール』似たルックスの彼は、期待通りの活躍を見せてくれる。




プロム(中学・高校生が参加するダンスパーティー)に誘えるような女友達はゼロ。両親からも正気を無くしたような笑顔で、「あんたの人生、惨めね。」と指摘される16歳のパソコンオタクデクスター・ダクラス①。自宅警備員予備軍とでもいうべき杜撰な設定だが、"Freak Out!"と唱えればたちまちヒーローに大変身。電光石火の勢いで縦横無尽に移動し、お得意のジョークを唱えて大暴走。悪党どもを相手にする時でも、目立ちたいがために無造作に愛想を振りまく。この終始暴走気味のヒーローを鬱陶しいと思わなければ、間違いなく『フリーカゾイド』を気に入るはずだ。

 随所に散りばめられた映画ネタ、歴史ネタ、内輪ネタは大衆的なものからニッチなものまで幅広い。特に、『ジョニークエスト』『バットマン』『アニマニアックス』など権利的に問題ない過去の名作を材料に、一話まるごとパロディに仕上げている回は傑作だ。主人公の暮らす世界観とは全く違う世界で、自由気ままに振る舞うフリーカゾイドの姿はマスクや『アラジン』のジーニーと肩に並べられるほど強烈。

間髪入れずに投入される実写映像や、スピルバーグの過去作の自虐的カメオ出演の辺りになるともう笑いが止まらない。②では、スピルバーグ監督に胡麻を擂る3体のキャラクターが口論を交わすという究極のメタフィクションを披露している。【誰がスピルバーグに愛されているか】という題材のこの場面を見ると、90年代後半には『タイニートゥーンズ』がスピルバーグの眼中にもうないのだと伺えるものも興味深い。


 ネタに納得すればするほど、観客自身がオタク色に染まったのだと自覚する一作。

 

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