私とカートゥーンと鈴と。: ニグロパワーが大爆発。べべズ・キッズ Bebe's kids

ニグロパワーが大爆発。べべズ・キッズ Bebe's kids

Bebe's Kids べべズ・キッズ/俺たちラップが子守歌 
(米)(PG-13)1993 60/100
子供達のパワーを侮るなよ。



監督 ブルース.W.スミス
製作 レジナルド・ハドリン
   ウィラード・キャロル
   トーマス・L・ウィルハイト
撮影 レジナルド・ハドリン
原作 ロビン・ハリス
音楽 ジョン・バーネス
編集 リーネ・サウザーランド

"素人ラップさえ無ければ"、意外とほっこりする人情コメディ。

 人種のるつぼととも称される米国では、大衆文化が人種ごとに発展してきた。野球の試合も白人と黒人で分割され、映画業界でも黒人は黒人向け・白人は白人向けで隔離されてきた。トランプ大統領が統治する現代のアメリカ合衆国でも、"人種差別"云々抜きに、人種毎にその趣向が異なるように感じる。レゲイやジャズ、ゴスペル等の故郷の娯楽と新天地での文化の融合をしてきたように。

 本作も過去にブログで取り上げた大半の作品と同様に劇場未公開ではあるものの、本作のオリジナルサウンドトラックは日本国内で発売された。また、字幕版VHSでの国内の発売歴があるらしいのだが詳細は不明。以前、通販サイトで邦題の付いた字幕版を購入したものの、海賊版の陳腐な偽物だった。その後、私はそのビデオテープの処分を業者に依頼し、泣く泣く輸入盤のDVDを再購入。依然として、インターネットで検索してヒットする邦題の真意は謎のままだった...

あらすじ

  •  素晴らしきコメディアン、生前のロビン・ハリスの姿を映しつつ、彼の素晴らしい漫談が始まる... 酒友達と他愛ない会話をする感覚で、ロビンハリスは回想を語り始める。親戚の葬式に参加したとある女性に、彼は思わず一目惚れ。親戚の子供のお世話を1日する条件でデートの約束を取り付けることに成功する。一人ぐらいなら安いものだと、調子に乗ったロビン・ハリスであったが、この余裕が後の悪夢となることを彼は知る由もなかった...
予告編


"We don't die, we MULTIPLY!"

 映画宣伝のこのキャッチコピー。この言葉は元々、綿花栽培のプランテーションから続く黒人差別に抵抗する黒人達の合言葉だった。この言葉には、【我々の魂が朽ち果てることは決してない】という強い意志を込められている。ロビン・ハリスは、そこからコメディで決め台詞としてこれを引用している。今回の場合、ロビン・ハリスでなく子供達に重点的に言わせているため、この意味合いとしては、「(子供)自分達を管理できると思うなよ!」というのが妥当だろう。

 コメディアンとしてのロビンハリスの特徴はその口の悪さにある。『フルハウス』のダニー役を演じたボブ・サゲットの下ネタトークに負けず劣らずの憎まれ口は、始めこそ癪に障るが、次第に惹き込まれていく。ライブハウスの天井にまで響く肺活量の多そうなその声は、アメリカで一時カルト的人気を持っていたという。序盤こそ、Fワード(放送禁止用語)とその屑っぷりを観客に見せ付けているが、終盤にはそのトークの説得力に魅了されるだろう。

そんな、彼の漫談の十八番こそがこのアニメ版『べべズ・キッズ』の原作である。真理をついた辛辣な一言で視聴者の心を鷲掴みにし、どんな境遇にも喜怒哀楽の感情の詰まった物語で感動させる名作だった。まさに、彼の"魂"が詰まった物語であったろう。

 残念なことにその"魂"は中途半端な形で映像化してしまう。

 主人公のロビン・ハリスが付き合おうとするする女性は黒人で実の一人息子も黒人で、究極のトラブルメーカーとして颯爽と登場する"べべズ・キッズ"も血縁こそ遠いものの、黒人であることには変わりない。ここまで人種に注目している理由は、R指定以外のアニメーションで史上初めて、黒人がメインキャラクターとして名を連ねているからだ。


 黒人の登場するアニメーションというカテゴリにおいて、米国はかなり神経質になっている。古くは、ヘイズ規制制定前の『フィリックス・ザ・キャット』や『ミッキーマウス』、『テリートゥーン』に登場するステレオタイプに始まり、『トムとジェリー』に登場する顔を見せることのない家政婦、ラルフ・バクシ監督の『ストリートファイト』"COONSKIN"(1975)では黒人キャラを擬人化された動物に当てはめてきた。その表現は差別的で低俗、そして誤解しか生まないデザインだらけだった。
 その影響からか、黒人を映画に気軽に出そうものなら、黒人協会からの苦情が殺到し、製作の中断や公開中止の危険性があった。そこに、内容や画風の良し悪しは関係なかった。


 そんな冒険的な内容で、Fワードが連発する傑作トークを映像化するのなら、大人を念頭に置いて完成させて欲しかった。しかし現実には、R&Bの大御所アーティストの粋な音楽と、感動的であるはずの名場面をいい加減なラップで泥を塗ってしまっていた。出演声優が声を当てたものが余りにも雑なのだ。


 ラップ部分はお世辞にも褒められる出来ではなく、韻を辛うじて踏めているだけ。粋がった子供の言葉遣いを聞いているようで、耳障りなだけ。また、子供達だけでなく大人側が歌う場面も登場するが、そちらはより酷さを増している。キャラクターとの因果関係が皆無で、画面構成を無視して歌をブチ込んだ印象が強い。ダボダボの服にぐにゃぐにゃした歪な動きで、【格好良さ】をアピールしてもこれでは間抜けなだけだよ。

 意地でも子供の視聴者を狙おうする形跡が見え透けているのが、本当に残念で仕方なかった。ラップを披露する場面や、子供達が大人の抑圧から反抗する場面は全年齢向けで、ロビンハリスを中心に活躍する場面はPG-13といった具合に、場面毎に方向性がブレ続けている。

 アメリカのポップカルチャーの第一線で活躍する新人気鋭、後の伝説となるアーティストやミュージシャンが集結した奇跡のような映画。時代が違えば売れたのではないかと、つい考えてしまう一作。

  

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