私とカートゥーンと鈴と。: ファン・アンド・ファンシー・フリー Fun and Fancy Free

ファン・アンド・ファンシー・フリー Fun and Fancy Free

ファン・アンド・ファンシー・フリー Fun and Fancy Free
1947 (米) 50/100
監督 ベン・シャープスティーン
脚本 ホーマー・ブライトマン、ハリー・リーヴス、テッド・シアーズ、ランス・ノレイ、エルドン・デディ、ニトム・オレブ
出演者 ダイナ・ショア、エドガー・バーゲン

 バンビ以降シンデレラ以前のディズニーの劇場用中編アニメの新規作はオムニバス・シリーズと名付けられている。映画館や90分程度の長編作品を期待してみると退屈かもしれない。しかし、最近でもスタジオ・ポノックの『ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間-』のような例もあり、決して悪い評価となる一因になるわけではない。

予告編


 『ボンゴ/こぐま物語』と『ミッキーとジャックの豆の木』の中編二本に、『ピノキオ』のジミニー・クリケットがアニメ合成で出演、当時有名だった腹話術師と彼が動かす二体の人形、『南部の唄』出演の女の子が実写&ナレーションとして登場する。

 『ファン・アンド・ファンシー・フリー』として本作を鑑賞した際に一番記憶に残るキャラクターのは、腹話術師が動かす人形のチャーリーだろう。彼は憎まれ役としては確固たる地位を築けるほど魅力的だが、アニメ本編を妨害するようにしゃしゃり出て愚痴をこぼす。その発言の一つ一つに毒がこもっており聞く分には楽しい。だが、話を遮られたような印象を受けるため、好みは分かれるだろう。

 彼らのナレーションに愛嬌を感じ辛いのであれば、この『ファン・アンド・ファンシー・フリー』を視聴せずに、短編として独立した『ボンゴ』と『ミッキーのジャックと豆の木』のみを視聴することを勧める。

 『ボンゴ』,『ミッキーのジャックと豆の木』の二編は良く言えば古典的。悪く言えば古臭い。というのも、上記で解説したナレーションが本編を妨害できるほど台詞がないのだ。旧吹き替えの項でも解説したが、アニメにおけるナレーションの大半は、基本的に子供が退屈しないための配慮だ。創造性に満ちたアニメイトの境地を垣間見るには最高の一品だが、内容は正直スカスカだ。

 但し、演出やキャラクターの性格は興味深いものとなっている。

 ミッキー・ドナルド・グーフィーの性格は40年代の劇場用短編と変わらないため、全年齢向けの配慮がどこにもないのが素晴らしい。空腹と疲労で我慢の限界に達したドナルドが、斧を隠しつつ牛を喰い殺そうする場面は、今見ても衝撃的。単純明快なストーリーを極限まで引き伸ばすために、不必要にキャラクターが動き回る。


 また、『ジャックと豆の木』の巨人が単純な悪人として描かれていないのがいい。1936年の『ミッキーの巨人退治』では中年男性を写実的なタッチで登場している。民衆と同じボロい服を纏う巨大な人間である。しかし、こちらの巨人・ウィリーは漫画調で、子供らしい知性を持つ凶暴な存在として描かれている。着用する服も新品同様で声もガキ大将っぽく好感が持てる。

日本語吹き替え版VHSあり/DVD・ブルーレイ部分的にあり
 

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