私とカートゥーンと鈴と。: バンド・デシネ風MANGAの劇場版。 『ムタフカズ』 Mutafukaz

バンド・デシネ風MANGAの劇場版。 『ムタフカズ』 Mutafukaz

ムタフカズ Mutafukaz
2018 (仏日合作) 93分 50/100
 
監督
 ギョーム・“RUN”・ルナール
 西見祥示郎
脚本・原作
 ギョーム・“RUN”・ルナール
製作
 田中栄子
 フレデリック・ピュエッシュ
 アンソニー・ルー
主な出演者
 草彅剛
 柄本時生
 満島真之介
制作会社
 STUDIO 4℃
 ANKAMA

あらすじ

  •  貧乏人と犯罪者の吹き溜まり、ダークミートシティ。ここは典型的なスラムだ。底に住むアンジェリーノ(通称 リノ)は22歳の若者で、ガイコツの姿をしたヴィンスと共にボロアパートで同棲していた。貧乏でお金もなく、毎日ダラダラと過ごしていた。
     ある日、リノがピザの配達中に綺麗な女性に会い目を奪われる。ところが、それがわき見運転の原因となり、そのままトラックと衝突してしまう。幸いそこまで怪我は大きくなかったが、何故か事故後、謎の黒服の男たちに付け狙われるのだった...
好きな人はとことん気に入るけど、苦手は人には退屈で長く感じるような作品。公開日の鑑賞時、周りにいたのは草なぎ剛のファンだらけで、彼の声色と聴くために来た方ばかりだった。周りから聞こえてくる会話からは、「アンジェリーノとヴィンスが葛藤する場面での草なぎ剛さんと俳優の会話シーンに感動した」という意見が多かった。が、俳優要素を抜きにした意見は全く聞こえてこなかった。

 今回はそんな、俳優要素抜きで観た客による紹介と感想。

予告編


 フランス映画の良さ、悪さが全開。

 雰囲気に酔いしれているのも、物語に興奮することも、感情移入することも、普通なことだ。しかし、それを狙いすぎると途端にそれらの表現をダサくすることがある。フランス映画の大半はまさにそれである。雰囲気作りや世界観に魅了されることがあっても、その空気感だけで押し切って、よくわからないまま突然閉幕することが多い。

 日仏合作の本映画『ムタフカズ』でも例外ではない。例えば、本編では十数分に一度巨大スクリーンに漫画で出来事を強調させるような文字がデカデカと掲示される。ところが、その演出には臨場感があるわけでも、その場面の興奮を盛り上げるものでもない。ただ唐突なだけなのだ。

 しかも、観客に文章を読ませようとしないのは致命的だ。弁士的な立ち位置の英文を翻訳ぜずに放棄するのは納得いかない。日本語版タイトルロゴまで作成しておきながら、日本語に訳さないこの仕様は不思議で仕方ない。

 仮に、場面毎の展開を印象的に見せる演出だとしても、余りにも邪魔だった。しかも、登場人物に覆いかぶさる形で突然表示されるので、”かっこよさ”を演出して見事にコケたような映像だと感じてしまう。この演出が原作漫画か、監督の演出かは存じ上げないが、この部分で思わず私は落胆してしまった。


 俳優・元アイドルで構成した配役は意外にも悪くなかった。というのも、物語の空虚感を埋め合わせるのに、リノ役の草なぎ剛さんの声が丁度いい退屈しのぎとなっていたからだ。失礼を承知で言うが、危機的状況や感情語が必要不可欠な場面での彼の声には、張りがなく場違い感が半端ない。

 Z級映画であれば、不完全さも魅力の一つになるものの、製作元のStudio4℃ANKAMAからすれば映画の面汚しの張本人に他ならない。他業種メインの配役の『ビーバス・アンド・バットヘッド/ヴァーチャルアホ症候群』『THE シンプソンズ MOVIE』の芸能人吹替よりは多少マシなものの、今回の草なぎ剛さんの声には多少の苛立ちを覚えてしまった。

 いつか報道番組か、はたまたネットの記事で、脱退したSMAPメンバーが声優として活動することを報道した記事を目にしたが、この『ムタフカズ』を見て『ハウルの動く城』でハウル役を演じた木村拓哉さん以外のSMAPメンバーは声優業には向いてないと痛感した。

 予告編でも語られていた"屑の街"の世界観は素晴らしい。舞台となるダーク・ネセ・シティがごみ溜めほどの価値しかない街であることが、全編に渡って描かれている。アメリカ西海岸の世界観は繊細で、まさにアメリカの闇を具現化したような街だった。しかも、その街で暮らす仲間たちも皆下衆野郎なのが、また素晴らしい。


①ウィリー
ポスターに登場するメインキャラクターの3人組も一見、切っても切り離せない関係のように見えて"実はあまりない"というのだから驚きだ。特にウィリー①の非道っぷりは中々のもの。序盤で無理やり家宅侵入して図々しい態度を見せつける癖に、最後の最後まで"実はいいキャラ"に昇格しない。敵に脅されれば即座に情報を吐き、情のこもった発言をしない。リノやヴィンスの関係を終始邪険に扱う"クソ野郎"のイメージは、最後まで払拭されなかった。スタッフロールではウィリーの歌が堪能できるものの、こんな自己中の歌声を喜んで聴くものはいないだろう。......俳優ファンを除いて。

 脇役として登場するルチャ・リブレの拳闘士達や謎多き博士は正直、『おしゃれキャット』に登場するガチョウ並によくわからないキャラクターと化していた。筋書きでは重要な役割を担うものの、その活躍は地味で、動機も典型的。主人公を救おうとする場面も一応あるものの、その背景を端折り過ぎて最後まで存在感が薄い。敵への制裁とその描写の落差は失笑モノだ。

 主人公のリノが訴える【怪物でなく、人間でいたい】という本来であれば"名台詞"であるはずの言葉も、人間と擬人化された非人間のキャラクターの影響で説得力が薄くなっていた。頭から炎が出る骸骨やボロ雑巾のようなドラ猫を前にして、その台詞を吐く構図は流石にシュール過ぎる。また、謎の生命体の詳細は最後まで語られること無く、それらの脅威や影響だけが展開していた。

 退廃的な街を抜け出す話から、エイリアンと人間のハーフだとか、宇宙侵略を阻止するなんて風呂敷を広げる割には、それ相応の興奮と感動がこの映画にはない。将棋の駒を進めるかの如く、作業的に話が展開されるだけで、ひたすら地味だった。正直言って、あと付け感全開の地球温暖化の批判や黒人女性の大統領の広告を見ても、『メアリと魔女の花』のしょーもない原発批判と変わらないぞ。

 世界観に浸りたい方、独創的な背景美術が好きな方にはお勧め。ストーリーに過度の期待は禁物。

余談
 本映画の鑑賞後に英語翻訳版の原作を購読したが、AmazonUSやFR、UKのユーザーレビューと同様に、【アクションシーンこそ大胆でスタイリッシュなものの、それ以外は凡庸】だとしか感じられなった。この映画への不満は、アニメスタジオのクリエイターでなく、全て原作が原因なのだと実感した。
 

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