私とカートゥーンと鈴と。: 戦争体験記の新たな形。映画祭で話題のアニメーション。FUNAN 『フナン』

戦争体験記の新たな形。映画祭で話題のアニメーション。FUNAN 『フナン』

-扶南- Funan フナン
2018 (ベルギー,カンボジア,フランス,ルクセンブルグ)
84分 80/100
監督 デニス・ドゥ
脚本 デニス・ドゥ、マガリ・ポーゾル、イリース・トリン
出演 ベレニス・ベジョ、ルイス・ガレル
企画 アーノルド・ボウラード、アドリーン・シェフ、デイビット・グルンバック、ティム・マーテンス、セバスチャン・オノモ

常にある死の恐怖。擦り切れる精神

新千歳空港国際アニメーション映画祭にて鑑賞。アヌシー国際アニメーション映画祭2018にてクリスタル賞を獲得した話題作。

あらすじ

  •  1975年、19世紀晩期に植民地支配を実行したフランス人から"東洋のパリ"と称された美しき都・プノンペン。まさに”平和な日常“を謳歌する7人の大家族が、ラジオの緊急放送と共に姿を消す。突如として現れた革命軍クメール・ルージュはカンボジア国民の生活物資を"資本主義による堕落の元凶"として没収し、革命軍の長の為に懸命に働けばそれ相応の報酬が受け取れると豪語する。その戦火から逃れる家族は、ある時息子と離れ離れになってしまい...
予告編(フランス語) 字幕なし

 主人公補正だとか、ピンチの時は... なんて妄想癖も甚だしい。この映画にそんな戯言を言える瞬間は一秒たりともない。主人公達に関わる仲睦まじい友人や親戚でも容赦なく淘汰される。希望的観測が無意味なわけはなく、革命軍の驚異から逃れることがそれほど困難だったのだ。クメール・ルージュの支配下に置かれた民衆は徐々に肉体的・精神的余裕がなくなっていく。信仰する民衆もいれば、抵抗し無残な姿となる者も、過酷な環境に打ちひしがれて衰弱死する者もいる。そして、彼ら同士で共に傷つけ、裏切り、そして時には.....

 戦争を題材にした・その要素が含まれる映画は説教臭くなる事が多い。一度観たら二度と観たくない傑作アニメーションとして名高い『火垂るの墓』でさえも。回想場面で夏の食事にそうめんとカルピスを飲食する将校のボンボンには、あまり共感できないのだ。最後の場面でバブル景気に浮かれる神戸市内を見つめていても、成仏できずに自分自身の屍を空虚な瞳で見つめる姿には少々懐疑的になってしまう。

 だからといって、この映画がドキュメンタリーや記録映画の典型例に陥っている訳ではない。”アニメ“だからこそ見栄える描写もある。

 近現代の世界史や事前にカンボジア史を学習した方でも、カンボジアという国の存在を今日初めて知った方でも、椰子の木と田園と樹海の広がる熱帯気候のカンボジアの背景美術には思わずうっとりとさせられるだろう。田植え・収穫・落穂焼きと一定の手順を踏む農作業は、雑草の悪臭が画面越しに届いてきそうなほど現実味があった。そして、本編中の大自然がカンボジア国民に迫る緊張感を強調させただけで、衝撃的な筋書きに耐えるための休憩のような役割が一切ないのが驚愕だった。『火垂るの墓』で壺に溜め込んだ大量の蛍を放出した美しい場面のように。

 革命軍の洗脳を受けたクメール・ルージュ軍達でさえ本格的な破壊活動を行わなかった仏教寺院は、かつての栄光をより強調させる演出として、荒廃へと向かう世界に咲く一輪の花のような存在として、素晴らしかった。環境音も用いられているものの、劇中では人工的な音楽も流れている。しかし、特定の場面を余計に盛り上げようとする無粋な騒音はなく、あくまで淡々としている。




 避難の途中で息子と離れ離れになる場面からこの映画は始まるものの、全体的にはこの映画がクメール・ルージュに翻弄されたカンボジア国民の一部始終である。初鑑賞時、人物関係を会話と絵で追うのに必死なっていたのだが、それも無理はない。なんせ、それすらも演出の一つだったのだから。

 皆が主人公達と同様かそれ以上の被害を受けたことで、誰が誰なのかはもうどうにでもよくなる。みんな味方で、みんなが敵になる。自身の不幸な境遇を受け入れられず、他人の不幸に同情することもなくなる。反乱軍に賛同しないカンボジア国民全員が受けた被害であり、主人公達が特殊な存在でない、普通の人間として描かれているのだ。

 (カンボジア近代史に関してはウィキペディアやこちらのサイトを参照してください。)

 彼等の思想である“完全共産主義国”とは、ソ連やキューバ・ベトナムで普及したものは似ているようで全く異なる。歴史を紐解かなければ、この映画を共産主義の批判だと感じる方もいるだろう。しかし、実際には革命軍の愚かな行為を描写しているだけだ。でなければ、ベトナム軍が攻めてきたと革命軍が怯える画面で困惑するに違いない。ベトナムは知っての通りアメリカを打ち負かした特異な存在。名前だけなら”ほぼ“共通の思想を抱くベトナム軍なら、味方でないと変だ。

 冷酷無慈悲な反乱軍の所業は、より現実味のある悪しき存在として描写されても、決して安易な政権批判や負の感情で同情を誘うような締めくくりは存在しなかった。監督が彼自身の両親から聞いた実話をベースにしたこともあって、説得力は果てしなく強い。

 思わず自分の首元に刃物が迫っているのではないかと疑うほど、終始息の詰まる映画だった。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿

人気の記事