私とカートゥーンと鈴と。: G.タルタコフスキーの原点。『デクスターズ・ラボ』 Dexter's Laboratory

G.タルタコフスキーの原点。『デクスターズ・ラボ』 Dexter's Laboratory

デクスターズ・ラボ Dexter’s Laboratory
1995-2003 (米) 80/100
原作 ゲンディ・タルタコフスキー
総監督 (シーズン1・2)ゲンディ・タルタコフスキー、(シーズン3・4)クリス・サヴィーノ
音楽 トーマス・チェイス、スティーブ・ラッカー
アニメーション制作 (シーズン1・2)ハンナ・バーベラ・プロダクション、(シーズン3・4)カートゥーン ネットワーク・スタジオ

本編第一話(公式)


 ロシアからの移民としてアメリカで暮らしたアニメーター、ゲンティ・タルタコフスキー。最近のネットの記事じゃあ、何かと『モンスター・ホテル』の製作者として取り上げることがほとんどで、本作の実績を紹介するサイトはごく僅かとなった。『モンスター・ホテル』で特徴的な瞬発的で無駄のない動きは、この作品のお陰で誕生したというのに。

 天才少年・デクスターは自ら作り上げた巨大な研究所で日夜研究にいそしんでいるが、時には姉のディディに邪魔されたり、時には発明品を駆使して学校で活躍したり失敗するなど、騒がしい日々を送る




 こう聞くと、無難でありきたりなものを想像するだろう。しかし、彼の個性はSF世界で活躍する主人公の中では少々変わっている。例えば、藤子・F・不二雄氏原作の『キテレツ大百科』①では発明家の血を受け継いだ頭脳明晰な少年が登場する。彼の才能は個性を写し、日常生活をより魅力的に見せるだけである。学校の中でも仲のいい友人を数人持ち、少々頭の切れる小学生として描かれている。また、主人公の両親はその事実を知りつつも、特に深く触れることなく家族同士で接している。





 ニコロデオンが製作したCGアニメ『ジミー・ニュートロン ぼくは天才発明家!』②ではキテレツ大百科以上に頭脳明晰な小学二年生が登場する。彼の場合、スクールカーストの最低辺で、周囲から馬鹿にされ続けている。

 そして、発明の才能は彼を変人であることの証明であり、特技であり、コンプレックスでもある。同級生のボンクラに発明を邪魔されることがあっても、それは仕方ないことだと割り切っている。そして、頭脳明晰である理由を説明する描写は一切ない。


『デクスターズラボ』のデクスター③が他の二人と決定的に異なるのは、その発明の没頭具合だ。暇さえあれば、昼夜を問わず研究所に閉じこもり両親や姉弟を入れさせまいと警戒し、発明が成功すれば腕白坊主のように喜ぶ。 そして、学校には通うものの学校内に友人は基本的に存在しない。それでも彼自身が自分の人気のなさを嘆くことはない。仮に人気を得ても、自分の研究所に戻るか自分自身に被害が及んで元の姿に戻っていく。




 彼の性格は人造人間の研究に没頭するフランケンシュタイン博士に近い。二頭身の白衣に紫色のブーツとゴム手袋を装着する姿は、実験への執着心を強調させている。クリスティーン・カヴァナーが充てた彼の声は訛りの強い英語は、科学者特有の近寄り難いオーラを醸し出している。日本語吹替版でも、男性とも女性とも聴き取れる癖のある声色を持つ喜田あゆみさんの演技によって、その訛りが上手く再現されている。 また、"デクスター"という名前の由来は『フィリックス・ザ・キャット』のポインデクスター(豆博士)から採用されたのだと伺える。

 『トゥースティーピッドドッグズではテレビ用アニメの作風を尊重した映像となっていたが、本作ではその演出により磨きがかっている。冒頭の導入部分のアニメーションを見れば一目瞭然だ。

 そして、7,80年代のテレビアニメの停滞期で顕著だった、"とにかく騒がしいのに意味のない場面"が全くない。ここが素晴らしい。しかも、アメリカン・アニメーションの黄金期に活躍したフルアニメーションの動きとは違い、テレビ向けアニメで頻繁に利用されたギャグや、UPAが輩出した初期のリミテッドアニメの技法を活用している。壁や机から顔を見せる動作や、重要ではない動作を徹底的に簡略化した表現は、その典型例といえよう。

なお、彼が本格的に携わったのは劇場版と初期のシーズンだけで、『サムライジャック』以降に制作された後期シーズンでは『デクスターズ・ラボ』からは手を引いている。第三・四を担当した監督はクリス・サヴィーノ作品を劣化させた張本人と非難されることも多いが、決してシーズン後期が致命的に退屈な訳ではない。ただ単純にタルコフスキー氏には敵わないだけだ。

 

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