私とカートゥーンと鈴と。: 未知の惑星を舞台にしたステルスアクション。『エイブ・ア・ゴーゴー』 Abe's Oddysee

未知の惑星を舞台にしたステルスアクション。『エイブ・ア・ゴーゴー』 Abe's Oddysee

エイブ・ア・ゴーゴー
Oddworld Abe's Oddysee
1997 (米)
開発 Oddworld Inhabitants、Digital Dialect (PC版)
販売 GT Interactive Software、ゲームバンク(現ソフトバンク)
ディレクター(監督・演出) ローン・ラニング
プロデューサー(企画の総括) フランク・サイモン
チーフデザイナー ポール・オコナー、ジェフ・ブラウン
プログラマー クリストフ・チャベロウ、エリック・イキス
アーティスト ゲリリン・ヴィルヘルム、ロバート・D・ブラウン
音楽 エレン・マイヤー・ガブリエル

 爬虫類・両生類寄りのキャラクターは、日本では好感の持てないデザインになりがちだ。モデルの動物の形跡が曖昧になるほどデフォルメし、みずみずしいプルプルした感触の肌をなくせば、そんなこともないのだが。 オープニングムービー


あらすじ

  •  口元を極太糸で裁縫された状態で会話する緑色の生命体、マドカン族。彼らは自然と共生し瞑想や祈祷で超自然的な能力・チャントを発揮するオッドワールドの原住民。しかし、どこか間抜けで脳天気な民族性が災いし、彼らはグラッコンが経営するラプチャーファームへと収監され、終わりのない強制労働を酷使され、挙句の果てに輸出品の食糧として利用されてしまう。その危機をいち早く感じ取ったのはマドカン族の一人、エイブだった....
 こんなバックストーリーから本ゲームは開始される。主人公はマドカン族のエイブ。彼の名前の由来は、アメリカ合衆国第16代大統領にして黒人奴隷の開放の象徴、エイブラハム・リンカーン"Abraham Lincoln"の愛称エイブ"Abe"である。その名が示す通り、彼の目的は同胞の開放とグラッコンとその部下達の成敗である。

 本作は『プリンス・オブ・ペルシャ』を彷彿とさせる試行錯誤を前提とした横スクロールアクションに加えて、敵に発見されずに任務遂行を目的とした『メタルギアソリッド』に似たステルスアクションを要求させる高難易度のゲームであり、決して万人受けするシステムではない。それに加えて、海外産ゲーム特有のとっつきにくい生理的嫌悪感の強いキャラクターデザインと、アマゾンの熱帯雨林とペトラ遺跡の雰囲気を混合されたような異世界は日本人には大変きつい。

 欧米欧州の背景・キャラクターデザインの写実主義には鬱陶しく感じることが多い。『スーパードンキーコング』の開発を手がけたレア社のような幻想的な世界観に、非現実的で魅力的なキャラクターを配置できるソフトハウスは非常に稀である。架空のキャラでも、現実味のある肌の質感や豚や蛙の醜態な部分を反映させたクリーチャーにはうんざりする。

 その半面、ゲームデザインは思わず唸らせてくれる作品が多い。ウィル・ライト考案の『シムシティ』やバルブコーポレーションの『Portal』のように独り歩きした発想から誕生した独創的なゲームが多いのだ。日本で90万本の出荷に成功したスーパーファミコン版シムシティには、無機質でシンプルだったPC版を基本にプレゼント機能やライト博士の追加など"任天堂"らしい演出が追加されている。このようにゲームの本質となる"骨組み"寄りの作品が欧米欧州には多いと私は感じてしまう。

 本ゲームの開発会社のデザインは、リアル志向の海外産ゲームにしては比較的好印象である。初代プレイステーションのゲームとしても、2018年現在から見ても非常にグラフィックが綺麗である。スクウェアの『ファイナルファンタジーⅦ』の八ヶ月後に発売されたゲームではあるものの、映像の精巧さで比較すればエイブの圧勝だ。

 ファイナルファンタジーではデフォルメの効いた愛嬌のあるキャラクターに感情移入できる演出とポリゴンチックな映像美で大衆を魅了した。ただし、腹部に剣を刺されるエアリスの死亡場面や終盤の爆破のムービーは少々アホらしく映る。そもそも、当時の最新技術で完成させた複雑なCGで現実的に演出しても、無機質で生命力のない不気味な物体と認識してしまうのだ。その時代を節目としてしか認識できない映像に仕上がっているのは惜しい。

 それに対してエイブの場合、大自然や寺院や工場を背景画に落とし込み、ゲームに登場する全ての生命体をドット絵に転換している。HD画質で遊び直すと荒い描写に少々不満を憶えるものの、グロテスクな外見が見劣りする心配がないのだ。ムービー演出でも、スランプスティックを踏襲した動作と過激な言動を覆い隠す声優の演技でコメディアニメを観る感覚でキャラクターに感情移入できるのが良い。必要性を模索しがちなオナラや活躍の場面が少ない口笛のアクションも、ギャグアニメの"おフザケのそれ"と認識できるのもプラス。

 また、道中に点在する爆弾や精霊から授かった特殊な能力・チャントを活用し、様々な困難を解決するものの、エイブは敵に対して直接制裁を下すことはできない。あくまで、遠隔操作で相手を攻撃できるだけである。こうような肉体の弱さも相まって、非力な存在として彼が魅力的に映るのだ。



 前述の通り、本作に登場するデザインは現実を抽象化した痕跡の残るデザインで構築されており、生理的嫌悪感が半端ない。しかし、ゲームを遊んでいくうちに段々と慣れていくはずだ。背景画に相応しいBGMは緊迫感を煽るものから、コオロギや鳥などの小動物が身近にいると錯覚させる密林の静寂を具現化したものまで多種多様。

 洋ゲー特有のグロテスクは大抵ただリアルを追求するものが多いが、本作では意図的にリアルに演出している形跡が見られる。死んで学習することが前提とされた本作では、どんなキャラクターでも何回かは死ぬ場面を目撃するだろう。敵兵に銃撃されたり、食肉加工品にぶつかり奈落の底に落ちたり、原生生物に捕食されたり、爆弾の被弾で爆裂四散したりと、中々どぎついものばかり。しかし、"数々の難関を飛び越えつつ仲間を助ける"というゲーム性の影響で、それらの惨劇が命の儚さと大切さを教え込む演出として作用しているのだ。また、敵をそういったグロテスクな制裁を加えることに成功すると、得も知れぬ達成感を味わえるのが良い。

 主人公のエイブは仲間から頼られているものの、同族から崇拝された訳でも、切っても切り離せない友情や信頼関係が構築された訳でもない。ゲームを遊んでいくうちにマドカン族の受ける過酷な仕打ちが、不適当な処遇でなく然るべきものだと悟っていくだろう。マドカン族の悲惨な状況を知ったのはエイブが最初だが、奴隷以下の状態でも何事もなく勤務する彼らは余りにも能天気だ。本作ではマルチエンディング仕様となっているのだが、バッドエンドに関しては誰も救われない後味が悪い締めとなっている。

 アメリカの負の歴史のおける人種差別や奴隷商売の不条理を深く想起させない程度に置換えて、爽快感のある骨太のアクションゲームとして構築した名作。

おまけ 日本語版CM

 日本語版では音声加工を施した山寺宏一さんを始めとした丁寧なローカライズと、とち狂ったような女子高校生向けのコマーシャルで客を引き込もうとしたが、最終的には失敗している。不気味さをキモ可愛いに昇華させる商法は博打と同然。秋元康プロデュースの歌も単体であれば普通にイイ曲だが、このゲームには明らかに不適当。顧客層を端から見誤っているのが残念で仕方ない。

  

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