私とカートゥーンと鈴と。: ジャズ猫のスピンオフが欲しい。『おしゃれキャット』Aristocats

ジャズ猫のスピンオフが欲しい。『おしゃれキャット』Aristocats

おしゃれキャット Aristocats
1971 (米) 30/100

監督 ウォルフガング・ライザーマン
脚本 ラリー・クレモンズ、ヴァンス・ジェリー、フランク・トーマス、ジュリアス・スヴェンセン、ケン・アンダーソン、エリック・クレワース、ラルフ・ライト
原作 トム・マクゴーワン、トム・ロウ
製作 ドン・B・テータム
製作総指揮 ロイ・O・ディズニー
音楽 ジョージ・ブランズ
撮影 ボブ・ブロートン
編集 トム・アコスタ

 "パリ症候群" という言葉を知っているだろうか。フランスの気品のある貴族文化や美しい風景や国民性に惹かれて現地に来た観光客が、現実との落差に失望する現象である。この映画に登場する"おフランスな"描写は、そんな症状に犯される患者を生み出すほど現実離れしている。アニメーションが現実に則する必要性はないが、20世紀初頭なのに生粋のフランス人しか登場しないパリなんてのは気味が悪い。
 
予告編 

あらすじ

  •  上流階級の貴婦人の家に住む母猫ダッチェスと3匹の仔猫たち。飼い主の老婦人財産は全て猫たちに相続させるが、冴えない執事のエドガーはその考えを不服に感じていた。その後、彼は猫たちを袋に詰め、パリの郊外に置き去りにしたのであった。その後、目を覚ましたダッチェスたちが状況に戸惑う中、自由気ままに生きる野良猫のオマリーに出会う。ダッチェスの美貌と彼女の気品さに惹かれたオマリーは、ダッチェス達をパリへと道案内することを決めたが...
 退屈、焼き増し、ジャズ猫だけが唯一の救い。

 ウォルト・ディズニーがディズニーランドの建築を目的とした資金調達の一環として開始されたテレビ番組『ディズニーランド』(番組の方)。その番組の企画として1961年に原作者のトム・マクゴーワンとトム・ロウに制作を依頼したのが本作の直接的な原作である。1966年には指導者であり、演出家でもあったウォルト・ディズニーが死去するなどの困難を乗り越えて完成されたのが、この『おしゃれキャット』である。

 文献や制作陣のドキュメンタリー映像では、素晴らしい内容から劇場用に昇格したと言われている。しかし、1970年のアニメーション映画という時代背景を考慮しても、本作が素晴らしいとは全く思えない。

 『ジャングル・ブック』でも『王様の剣』でも、登場人物との掛け合いのみを目的とした場面が大半を占めたが、『おしゃれキャット』に関しては殆どの場面が無意味な場面と化している。『ピーターパン』でのスミーとフック船長の織りなす刺激的なスランプスティックに相当する場しのぎがあれば話は別だが。猫同士の恋愛物語は風来坊と貴婦人の恋模様を描いた『わんわん物語』の二番煎じに映るし、片田舎から故郷のパリへと帰る工程は『101ワンちゃん』や『ジャングル・ブック』の亜種としか受け取れない。

 ウォルト・ディズニーの死を受けて歌声に追悼の意を込めたとされるモーリス・シュヴァリエや、くまのプーさんの作曲家で有名なシャーマン兄弟、眠れる森の美女からロビンフッドまでの音楽を担当したジョージ・ブランズなど、本作の音楽には並々ならぬ熱意が込められている。宮廷音楽と大衆性のあるジャズは、猫たちの旅路を興味深いものに仕上げている。オマリーの友人たちのジャズ猫とその仲間達の多種多彩な風貌は、和気あいあいとした雰囲気を醸し出すのに一役買っている。

 退屈させまいと続々と追加されたキャラクターの多さには目を瞑るものの、その活躍が本筋と全く関係ないのが納得いかなかった。主人公の猫たちの道中には介入しない犬二頭と、一秒たりとも愛嬌も親近感も感じられない泥酔気味のガチョウ3羽。ミュージカル映画で尺稼ぎに歌を追加してくれた方がまだマシである。悪党の企みを間接的に阻害した犬二頭の存在意義はなんだったのだろうか。

 また、メインキャラクターもオス野良猫のオマリーと婦人のダッチェス以外は好感が持てない。子猫3匹にしても"可愛い"と女子高校生を中心に人気が集まる意味が解らなかった。猫の絵の区別が色以外は曖昧で、旅路には完全に足手まとい。誘拐される前の自宅の場面でも苛つかせる発言しかない。

 部品の一つ一つは豪勢なものの、その関連性が不明瞭で微妙な一作。

 

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