私とカートゥーンと鈴と。: 過去のグリンチを踏襲した現代版。 Dr.Seuss' The Grinch

過去のグリンチを踏襲した現代版。 Dr.Seuss' The Grinch

グリンチ Dr.Seuss' The Grinch
2018 (米) 75/100
監督 ヤーロウ・チェイニー、スコット・モシャー
脚本 マイケル・レシュー
原作 『グリンチ』(1957) 著 ドクター・スース
製作 クリス・メレダンドリ、ジャネット・ヒーリー
出演者 ベネディクト・カンバーバッチ
音楽 ダニー・エルフマン
編集 クリス・カーテジーナー
製作会社 ユニバーサル・ピクチャーズ、イルミネーション・エンターテインメント

 驚くほどシンプル。清々しいほど単純明快。

予告編


 まず、イルミネーション・エンターテインメントがグリンチを手掛けると聞いた時点で、投稿主はいささか不安であった。その理由は『ロラックスおじさんの秘密の種』(以下秘密の種)にある。

①The Lorax 原作絵本


 1970年に映像化された『森のロラックス』①"The Lorax"は文句の付けようのない素晴らしい古典的名作として語り継がれている。

 豊かな森に生い茂る樹木に目をつけたワンスラーが、ロラックスの説得を無視して、私利私欲のままに環境を破壊する一部始終。それを、森の声を聞くロラックスが回想として語るのが本作の内容である。迫りくる危機に対して人々に改善を説得するのでなく、悲惨な最期の寸前とそれに至った過程を大衆に教えており、他作品と比較的には暗いものだったが、スース節の効いた素晴らしいアニメーションだった。



 ところが(秘密の種)では、キャラクターデザインのCG化に成功しただけで、作品の意図をほぼ無視したような出来と化していた。スースの韻を踏んだ歌詞も、フラッシュモブを彷彿とさせるティーンエージャー向けの大合唱で耳障り。欲にまみれた人間を投影させた顔が登場しなかったワンスラーはもろ顔出し。自然破壊どころか"自然"の全てに関心を失くした街の住民。水と油のように分離するイルミネーションの作風とスースの作風... 画面に映る全てに鑑賞当時の私は落胆していた。

 この"前科"を踏まえた上で本作『グリンチ』を鑑賞すると、イルミネーションの成長ぶりと原作・過去の一次創作への愛情がひしひしと伝わってくる。

 まず、制作会社のイルミネーション・エンターテインメントはジェットコースターに延々と乗り回されたかのような興奮と臨場感を味わえるアニメーションを制作してきた。その実績は第一作目の『怪盗グルーの月泥棒』で証明されている。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』が一世を風靡したことをきっかけに、映画関係者に3D映画が異常な人気ぶりを見せた。その流行に安易に乗じずに立体感のある映画を立て続けに発表していたのがイルミネーションだった。ドリームワークスが『ヒックとドラゴン』『モンスターVSエイリアン』等の映画で臨場感のある空間全体を提供していたのに対し、空間に登場する人物の受ける感覚を共有させるような演出を得意としていた。

 2018年版グリンチでは、原作絵本とチャック・ジョーンズ版を踏襲しており、実写版のような余計極まりない独自解釈のない内容となっている。

 アメリカ国内では最早説明不要のキャラクター故に、日本人には頻繁に聞こえるナレーションやキャラクターの説明の無さに苛立ちを憶える方が多いかもしれない。しかし、グリンチを知る者にはむしろこれくらいが丁度いい。そもそも、原作の時点で詳しい出生や生物学的な事柄が描写されないので、彼の設定には文句を言わずにただ「そういうものだ」と解釈するしかない。それ故に、ドクター・スースに馴染みのない観客の場合、事前知識抜きの鑑賞は非常に厄介なのが惜しい。

 ナレーション部分は5~10分おきに挿入されており、日本語訳が多少変な部分もあったが、スース節に近づけようとした苦労の痕跡が垣間見れるのが良かった。絵本の読み聞かせのような親子・幼稚園の教員・保育士間の触れ合いの感覚で子供達は楽しめる。クリスマスを企画する大人達には"ある種"の見本として聞き入れるだろう。

 全体的な物語は至極単純。それを限界まで引き伸ばしたのが、イルミネーション特有のスランプスティックとシンディルーから拡張したフーの村の住民達の描写である。

 イルミネーションのスランプスティックはとにかく破茶滅茶で、そこに筋書きや伏線を期待してはいけない。だからこそ、グリンチの演出にぴったりであった。ココ最近のCGアニメ映画は完成度が高さに注力する余り、こういった気軽さは絶滅寸前である。仮にディズニーやドリームワークスに担当させれば、より神妙に複雑化してたであろう。実写版では監督の独自設定が災いを起こしたが、"複雑さ"を放棄したスタジオにとっては絵本の『グリンチ』が絶好の題材であったに違いない。

 フーの村の住民は、現代人の生活にクリスマス精神を溶け込ませたような調子で暮らしている。グリンチの盗む場面もそうだが、住居や公共施設の装飾・異様にでかい機械にもみの木など、アニメだから見栄えする物体を画面全体に見せつけて、縦横無尽に動かしているのが堪らなく好きだ。予想外の仕掛けを備えたグリンチ自家製機械の活躍は、ポスター絵に一枚飾りたくなる。チャック・ジョーンズ版でもクリスマスを盗む場面が一番の見所となっていたが、こちらもそうだ。

 本作のグリンチがクリスマスの盗むのに一役買ったのは、彼の発明の才であろう。マジックハンドを発展させたバネの仕掛けに犬用偵察機、犬一頭でも引ける万能ソリ...とその他盛り沢山。チャック版が身近な日用品を用いた手作業なら、こちらはハイテク機器で迅速な機械作業といった具合だ。勿論、愛嬌のあるニヤけ面はこちらでも健在。話がシンプルで締めもはっきりとしており、本筋と意図が隙間に入るギャグで相殺されていない。デートの雰囲気を担う存在だとか、ケーキや贈り物が貰える日、独身やボッチが幸せ者を妬む時期としか認識しない人間こそ観るべき映画であった。

 グリンチの窃盗とフーの街の住民。クリスマスの蟠りの解消。クリスマス精神の本当の意味。その描写だけで十分なのだ。これ以上もこれ以下も展開を増やす必要はない。

  

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