私とカートゥーンと鈴と。: "Nine Lives of Fritz the Cat" フリッツは容易にゃあ死なない。

"Nine Lives of Fritz the Cat" フリッツは容易にゃあ死なない。

Nine Lives of Fritz the Cat 
監督 ロバート・テイラー
製作 サミュエル・Z・アルコフ
脚本 ロバート・テイラー
音楽 トム・スコット&L・A・エクスプレス
編集 マーシャル・M・ボーデン
制作会社 スティーブ・クランツ・プロダクションズ
配給 アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ
制作費 150万ドル 76分 1974年公開 (R)

あらすじ

  •  相変わらず自堕落な生活をする猫のフリッツ。そんな姿に彼の妻は毎日のように不平不満を言っていた。しかし、フリッツは上の空でそんな戯言に耳を貸す暇はなかった。そして、彼は自分の分身を産み出して、どこか遠くの街へと彷徨うのであった....
予告編


 世界初のR指定の成人向けアニメーションとして各方面で話題となった『フリッツ・ザ・キャット』から約二年。原作者のロバート・クラムは劇場版の出来に憤慨して、彼をコミックの中でフリッツを葬り去った同時期に公開されたのが、この"Nine lives of Fritz the Cat"だ。

 ワーナー・ブラザーズからの資金調達に失敗し、独立系の劇場用長編としてハイリスク・ハイリターンの博打に成功した前作。本作では、肯定的な前評判を集めることで商業的成功を目論んだものの、その前座として参加したカンヌ国際映画祭では大失敗。一般公開後も観客、批評家共に賛否両論という不遇な結果で終わった。

 原作は『フリッツ・ザ・キャット』の後期に当たる『スーパースター フリッツ・ザ・キャット』のような"もしもの"一話完結の独自設定で展開される小噺から抜粋。物語としては辻褄が合わず、オムニバス形式による致命的に薄っぺらいことを除けば、ネット上の評判とは裏腹に十分に楽しめる。

 政府に対する明確な抗議のメッセージが存在する故に、政治的圧力に屈服する危険性があった前作。それと比較すると、本作は肩の力を抜いて真面目にフザけたようなアニメーションに映る。アニメーションの固定概念をぶち破るのとは対照的に、世相に沿う固定概念を随所にぶちまけているのは興味深い。しかも、双方が"一応"機能しているから面白い。

 予算の制約から誕生した色の境界線が曖昧な背景美術と、『ザ・ポイント』、『Down and Dirty duck』と同様の粗いコミック調のデザイン。粗暴だと享受できる絵柄で語られる政治的・差別的メッセージと絡み合い、当時を知らなくとも70年代の世界へと迷い込んだような感覚を与えてくれる。

 黒人、ユダヤ、ゲイ、ナチス等、戦渦を被った世代から反感を買うような描写は基本的には不快だ。しかし、安直な刺激物として本編で登場させるのではなく、批判材料として登場するせいか、その言葉以上の不快感はない。

 例えば、髑髏が飛び交う紅蓮と漆黒の実写映像を背景に、全裸腰布一枚のヒトラーとフリッツが対談する場面。序盤こそ世界征服に関わる意味深な会話が挿入されたかと思えば、その4分後には組んず解れつの大乱闘。滑稽さを強調させる格好の材料として活躍するだけなので、素直に笑える。

また、メインの風刺対象は70年代のアメリカ合衆国で蔓延した大都市の衰退である。フリッツがタキシードとシルク帽をお洒落に着こなすフリッツが登場する場面。そこでは華やなバーレスクに、大規模のオーケストラ、公開当時のジェラルド・R・フォード大統領のトリップ映像は錯綜しつつあった当時の世間を具現化しているように感じられた。但し、手描きのアニメーションと差別化出来ただけで、『シンプソンズ』や実写版『スポンジボブ』、『ダンボ』に登場するような精神に響く映像ではないので過度な期待は禁物。

 アニメ映画で"フリッツ・ザ・キャット"という名前を称した時点で、求めるものは時代を反映させた圧倒的パワーと超越した表現の数々なのは明白だ。ところがこちらの場合、展開は関連性のないオムニバスで、映像美術に食指が動く方とアメリカ文化に陶酔する人間には、興味が湧く代物とは到底思えない。部分毎で分断すればこのヒッピーテイストにも馴染めたが、急ピッチで製作された気がして素直に納得できなかった。

 なお、監督であるロバート・テイラー氏は本作品の失敗が原因か、映画作品として関われたのは本作のみ。以後、彼は、スヌーピーやグーフィーのテレビアニメに積極的に参加したものの、劇場用アニメには二度と携われなかったという。

 気ままに生きる猫の夢世界を堪能できるドラッキーな一作。

 

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