私とカートゥーンと鈴と。: 長老(ラビ)の猫 Rabbi's Cat

長老(ラビ)の猫 Rabbi's Cat

長老(ラビ)の猫 Le Chat du Rabbin
2011 (仏) 
監督 ジョアン・スファール、アントワーヌ・ドレスヴォー
企画 クレメント・オーブリー、アントワーヌ・ドレスヴォー、ジョアン・スファール
脚本 ジョアン・スファール、サンドリナ・ヤルデル
原作 『長老(ラビ)の猫』"Rabbi's Cat" 著:ジョアン・スファール
音楽 オリヴィエ・ダビアド
編集 メアリーライン・マチューデュー


 

あらすじ

  •  1920年代のアルジェ。ユダヤ人のラビであるスファールは、娘のズラビア、一匹の子猫と暮らしていた。娘のズラビアは滅多に外出せずに子猫のムルーを戯れていた。ある日、ムルーがお喋りなオウムを食べたことで人間と会話できるようになる。突然の出来事にスファールは猫を娘から隔離させようと模索するのだが...
ラビの飼う猫が話す過程こそ多少のファンタジー要素が含まれているものの、全体的にはユダヤ系の理想郷を追い求めるロードムービーとして構成されており、現実世界に突如表れたファンタジーな猫の活躍に焦点が当てられている訳はではないので注意。

 原作は同名のグラフィック・ノベル『ラビと猫』。舞台となるのは1920年代のアルジェ。地中海の南部に面したその北アフリカの都市は当時フランスの植民地であった。人種のるつぼによる多元的文化が交錯しており、本編ではその影響を随所に反映させている。

 メインとなる登場人物には猫のムルーとラビの父とその娘のズラビア、そして西洋文化に臆することのないライオン王のマルカ、ユダヤの老人アルマンド、ロバを飼うイスラームを信仰するシェイク、故郷の革命から逃れた画家のロシア人など多種多様な人種が存在し、全員が個々の宗教像を抱えている。しかし、宗教や人種で思考が固定化された人間達だけが議論を交わした所で、ラビの家庭で飼われた猫の発想に敵うものはない。なんせ、彼は様々な宗教観を観察した上で、可愛がってくれた飼い主のズラビアこそが、神にも勝る真の存在であると悟るのだから。

 原作者兼監督のジョアン・スファールはフランス南部にあるニース大学で哲学を専攻している。その背景にはユダヤ教徒の家族とアルジェジア系フランス人の多重の身分があった。日常生活での倫理や常識が安定しない複雑な環境の中で彼は成長した。この映画での猫は、そんな彼の疑問や不満を代弁した存在だと言える。映画内では古代から継承された教えに、科学的根拠に基づいた猫が度々ラビや彼の知り合いを揶揄し、その尊厳を冒涜するのはその表れなのかもしれない。

 シャルリー・エブド社での風刺漫画の連載経験を持つ原作者ということもあってか、本作は美術面では少々特殊に感じた。四足歩行で移動する感情だけが擬人化された猫。冒頭では彼の視野を中心に展開される。ユダヤ教徒になる目標や哲学を、人間と語り、悩み、相談する場面が前半では続く。欧州の文化圏における狐のように狡猾な態度を取る彼の風貌にはつい見惚れてしまう。夜中には海水の青々しさ、昼間には灼熱の砂漠を連想させる幻想的なパステルカラーの美術的要素も、アルジェやザイール、エチオピアなどの雰囲気を醸し出してくれる。

 本作のデザインで特徴的なのは、他者を攻撃する材料にもなり得る宗教を議題として持ち上げても、そのお国柄に対して鬱陶しく感じない点にある。色彩感覚こそ目新しいものの、絵柄に関しては特別奇抜とは断言できない。本作の場合は逆にそれが上手く作用している。何故なら、特定の信仰や人種に属する人々を意図的に擁護する危険性が無いことを証明するからだ。『ペルセポリス』や『戦場でワルツを』のように国籍が明確な映画の場合、説教臭くなる傾向が強い。しかし、この映画には"それ"が無かったのが素晴らしかった。

 極めて自然な観点から導き出された宗教観を猫に当てはめた一作。

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